エホバの証人(現役→自然消滅?)ですが、何か!?


by what-tower

戦士たちへのレクイエム。

ボクは“本物”のエホバの証人は嫌いではないです。

21世紀になってからほとんど姿を消してしまった、
武士のような奉仕者たち。

ボクが小・中学生の頃、
当時20歳くらいの開拓者の兄弟姉妹たちと、
一緒に奉仕をしたり、聖書研究をしたり、
そういう時間が本当に大好きでした。

彼らは、
集まれば聖書を読んで感じたことを話し合い、
自分たちの教義に常に絶対の自信を持ち、
教会だろうが寺だろうが殴り込む勢いで話し合いをし、
いつでも新世界訳聖書を小脇に抱えていました。

その中でも特に大好きだったのは、
彼が高校生の頃、学校の同級生に、
 “ウォーキング・バイブル”
というあだ名をつけられていた兄弟。

当時は、子供ながら考えた疑問を口にしても、
今よりもバラエティーある返答が期待できました。
「これは個人的な見解だけれども」と前置きがあったとはいえ、
協会の見解に公式にないことも話し合えた空気がその中にありました。
そして、聖書を伝えたいというほとばしるような情熱と愛が。

JWの魅力は、個人的には、
そういう“信念”に生きる姿だったと思います。


時は流れ。。。


遅くとも20世紀中には来るはずだった終わりは来ず、
前線で活躍した人たちの多くは、長引く戦線に体力の限界から脱落、
若しくは自分自身や家族の経済的事情などから第一線を退いています。


正直、今のゆる〜いJWは嫌いです。
言行不一致だから。

例えば、
けっこう微妙な映画でも「良心」的にOKとかで見に行く人。

※ボクは今はJWの思考のシガラミから解かれていますので、
 特にどの映画がダメとか言うことはありませんが。
 それでもホラーはあんまり好きではないです。
 お金を払ってまで怖い思いをするのは、、、ちょっと。


なのでずいぶんと寛容な兄弟なのかと思いきや、
教義の疑問を一つ語ったら「背教者」と言ってくるわけです。
本人は「それってオカルトなのでは!?」というような映画を楽しみながら。

最近は特に、
そういう言行不一致なJWが多いです。

教義のこともよくわかってない。
だけど排斥者は忌み嫌う。
背教者は怖い。

開拓者なのにろくに聖書も開けない。

会衆に必要で来ていて、
模範的と言われていたある開拓者は、
「啓示の書」の“緋色の野獣”の挿絵を見せて、
これ何を表してるか覚えてますか?と聞いたら、
「なんでしたっけ?」ってマジボケ。

嘘でしょ!?と思って、
考える時間を少しあげたんですけど、
本当に忘れてたみたいです。

その後に協会の国連との関係の証拠を見せたんですが、、、。

結果「背教者だから気をつけた方がいい」と告げ口されました。
“緋色の野獣”が何を表してるかも覚えてないヤツに。(笑)


今はほとんど姿を消した武士のようなJWたちは、
厳しかったけど、言行一致してたと思います。
自分でもしっかりそれを守っていた。

ボクは、そんな戦士たちは嫌いではないです。

そして彼らは、内心どんな想いで、
今の緩いJWを見ているのでしょうか。


時代の流れと共に教義も滅茶苦茶になり、
成員たちもどんどん緩くなり。。。


「今は平行を取れるようになったんだ」
というのが協会と現在の現役の方々の言い訳でしょうが、
それは違いますよ。

あなたたちは、
ただ牙を、失っただけです。

残っているのは、
穴だらけの教義と、
根拠のないプライドだけ。

吠えることしかできない狼です。


そんなことを言っても、今の若い世代には、
なんのことやらさっぱりでしょうか。

ボクも本気で現役をしていた頃は、
神風特攻隊のような気持ちでいました。
古い人間ですから。


この記事を、
そんな戦士たちへの、
レクイエムとして捧げます。
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Commented by 通りすがりのもの at 2009-02-15 00:30 x
最近は
真の開拓者がいませんね~~

巡回監督の話では、ななな んと 

再訪問0件のお方でも

開拓者として任命されるんですって。

だから会衆のやる気のある人を長老は

励まさないとだめだって さ

ただ時間を入れるだけで、

ほんとに「開拓」ができないひとって 開拓者?
Commented by ロッサ at 2009-02-15 07:12 x
私は最後まで古い人間でいれなかったかもです。どんどん生ぬるくなっていったかもです。

母はいつも、必要で入った若い姉妹ではなくて、特別開拓者の姉妹たちを見習いなさい!とか言ってました....。今の若い子達は、会衆に必要で入ってきたんだか、遊びに来たんだか訳が分からない!!ってよくこぼしてました.....。
Commented by お~れりあ at 2009-02-15 14:42 x
昨日かつての超特攻隊の元JWと電話で会話しました。

独身で特攻隊をやった人々の多くは
体も心も壊してしまい経済的にも困ってる人が多いか
組織の矛盾に気が着いて組織を離脱してるのではないかと思います。
真剣に神や聖書を愛している人なら、長年組織にいれば
組織の実態には気づくと思うのです。この組織がいかに信者の福祉を
ないがしろにしてきたのかを・・・。

超特攻隊だった元JWは、
今の現役は変わったんだねえと述べてましたね。

組織の中でも外でも物凄い苦労をしてる人で聖書なんてずっと開いて
いないようだけれど、それでも最終的には神への信仰は
持っていらっしゃるようです。
Commented by 墓場マ」 at 2009-02-15 17:13 x
皆さんは偉いですね、当方なんか、体を壊しているのに、全国伝道者平均時間数半年もつずいていたのに、補助開拓を申し込むと、資格が無い、と長老に言われてショックでした。正規開拓したこと3回もあるのに
隣の会衆でも言われた。資格とは、いったい何ですか
Commented by りほ at 2009-02-15 18:07 x
ゆる~いJWとしてホント胸が痛くなりました(><)

熱心で特攻隊みたいな人には尊敬するけど

自分はそんなに熱心になれないし清く正しくなんて生きていけないです。
だからJWの熱心な方はホント尊敬します!
Commented by 名もなきクリスチャン at 2009-02-15 20:53 x
涙、出ました。
まったく同感です。
記事、ありがとうございます。
老兵は去りゆくのみ、ですかね。
Commented by もにょみにょとぅ at 2009-02-16 15:26 x

べテルからおいでになった兄弟は、

野外奉仕で「みなさんに、世界的な国際情報誌を…」と紹介しながら

その雑誌の内容を知らず、

自分が司会する研究記事で、教理が変更されたことにも気づかない、

野外奉仕で、お会いすることがめったにない開拓者だったなぁ……

なのにぃ、その特権意識とプライドの高さは

バベルの塔もまっつぁお。


そういう人たちとは真逆の存在として

わったわさんが言われている武士のような奉仕者たちの生き方には、

人の心を感動させる力がありましたよね。

彼らに十分に報いる、そういう姿勢が組織にあったなら、

口先だけの講演にあくびをかみ殺す拷問と化した

「大会」ももっと快適だったろうな。


生き様で信仰を見せた戦士たちこそ、地上の楽園にふさわしいと思います。



楽園。あるとおもいます!

(教理に裏づけはナイと思いまs……!)
Commented by なのなの at 2009-02-16 17:51 x
他人に厳しくても自分にも厳しい人・・ある意味で尊敬できます。
他人に甘く自分にも甘い人・・ある意味OKです。
他人に厳しく自分に甘い人・・最低です。今のエホバの証人に多いタイプです。
Commented by あらら at 2009-02-16 21:20 x
初めて・・泣けてきましたよ

貴方のブログでは、笑わせてもらったり、考えさせられたり、感心したり、ヒヤヒヤ・ドキドキしたり

ちょっとムカッときたり(年配の独身姉妹に「運命の人」と打ち明けられた記事ねw)潔さを感じたり・・本当に楽しかったです

で・・初めて泣きましたよ・・

この記事をありがとう

まだ鼻の奥がジーンとしています。
Commented by PW at 2009-02-16 22:18 x
エホバの証人もカトリック化が進んでいるのでしょうか。

比較的短期間で退化が進んでいますよね。
あともうちょっと、というかんじがします。上の世代の人の交代がキーでしょう。。。

JWがJWだった時代にいた私たちに乾杯。
Commented by テキトー at 2009-02-16 22:57 x
うーん、今回はちょっと耳が(目が?)痛い。

教義について話し合うのは好きだったけど、伝道が嫌で嫌で。
それなりに頑張った時期もあったけどやっぱりパウロのようにはなれないと諦めたりして。

しかしそれも今となっては、という感じですね。
わたしのあまり尖っていなかった牙も虫歯で抜け落ちました。
なんかまとまりません。(笑)
Commented by ありんこ at 2009-02-16 23:03 x
本当に尊敬できるエホバの証人は、確かにいました。
ご自分には厳しく、でも他の証人には心底やさしい方でした。
今でもその方のことを思うと、温かい気持ちになれます。
Commented at 2009-02-16 23:19 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by なのなの at 2009-02-17 08:21 x
ありんこさん、そのようね兄弟姉妹にお会いできたことはとても幸せなことだと思います。でもたった1人なんですね。さびしいかぎりです。でも私はその1人にすらお会いできませんでした。そのような兄弟姉妹が10人いや1人でもいれば、と思ったことが何度もあります。世の人とかれらが呼んでいる人のなかにはすぐ何人かの顔が浮かぶというのに。。。
今となっては関係のないことですが。。。でも本当にあやまることを(口先ではなく本当の意味で)しない人たちでした。他人には目がむくのに自分には目がむかないというか。。。ネガティブなコメントでごめんなさい。
Commented by ロンちゃん at 2009-02-17 17:01 x
ロンにも「忘れえぬJW夫婦」がいます。

元沼津ベテラーでしたが、聖書をよく研究され(勿論JW教義がたたき込まれてはいましたが)話も上手く、何よりも信仰の深い方でした。

「信仰が深い」ので、決して人を裁きませんでした。(裁き主は神ですから) 生活も質素で、良い生活をしている仲間をうらやむこともなく、
ご自身の「信仰の生活」を貫かれていました。正に「清貧」です。
長老でしたが、目立たない方でした。

どの宗教も「完全」ではない中で、信仰の深い方の態度や生き様には圧倒されるものがあります。

JW時代に知り合ったあるカトリックの婦人に、「ああ、神はこのような人と共にいるのだ」と感動したものです。

コロコロ変わる教義、いつまでも来ない「楽園」に、JWは疲れてしまったのかもしれませんね。
Commented by ありんこ at 2009-02-17 22:01 x
☆なのなのさん

コメントありがとうございます。
本当に、私は幸せだったのかもしれませんね。
ただ私も、愛を実践されている方は、ごくごく一部なのかなと思います。
なのなのさんがおっしゃるような方に、私自身何度泣かされたことか…。
私は3つの会衆にいたことがあるのですが、自然消滅する前にいた会衆は珍しいことに(笑)、全体的に愛が示されていたように思います。
(こちらでは逆に、愛を示さない人の方が少なかったかも。)
小さい子供を3人連れて集会に行った時も、長老兄弟に温かい言葉をかけていただきました。
今思うと、その会衆の長老(団)によって、会衆の雰囲気が決まってしまうということなんでしょうね。

でも、結局は組織と教理に疑問を抱き離れてしまったのだから、あの時に向けられていた私への"愛"は、もう二度と得られないものなんですよね。

>世の人とかれらが呼んでいる人のなかにはすぐ何人かの顔が浮かぶというのに。。。

これが一番幸せなことなんじゃないでしょうか?
Commented by ななし。 at 2009-02-18 11:21 x
たしかに、ふたむかし前の純粋なJWたちはほとんど見なくなりましたね。
当時は、厳格で人にも自分にも厳しい特攻隊が多くて、それはそれで弊害がありましたが。
でも、その中にほんの一握り、自分自身には厳しいけど、人には自分のやり方を押し付けない、愛情を持って接する、というステキなJWたちがいました。
素で彼らとの交流は大事にしたいです。(彼らはまだ現役なんですが)

最近、実家の会衆に顔を出しましたが、
人にやさしくというより、無頓着になっていて、自分にも甘いというタイプのJWばかりでした。やっぱりおかしいですよね。。

わたしは、いわゆるJWであるかないかには関わらず、
ふたむかしまえの尊敬すべき友人たちのようでありたいと思いますが。
今のJW的には、許されないことなんですよね・・・。切ないです。
Commented by なのなの at 2009-02-19 07:54 x
ありんこさん。
コメントバックありがとうございます。ありんこさんとは小さな共通点があるようで、もしかしたら大きな共通点もあるかもしれませんね。わたしも3人の子供と3つの会衆を経験しました。わたしの場合 自然消滅することになった最後の会衆は信じられないことの連続でした。最初は姉妹たちが愚痴る内容に驚いていましたが、ある時信じられないことがわが身にもふりかかりました。でも今思うとそれがきっかけとなり、再度調べ始め 組織が神の組織ではないことを確信するに至ったのですから、それが良かったということにもなりますが。もし暖かい愛に満ちた会衆にいれば、私は今も気づかずに奉仕をしていたかもしれません。

ありんこさんがおっしゃるように、今私の周りに、暖かい気持ちに慣れる、尊敬できる愛すべき人たちがいること、それが本当に幸せなことなんですね。私自身も、そのような人たちに近づけるよう生きていきたいと思っています。
Commented by 「、」 at 2009-02-21 07:40 x
「、」とは、姿形が消滅したと言うことです。八つ口といいたいでしよ。
まだ、jw方は疑問を持ちながら頑張っているんですね。
「エホバの商人」よろしく、あらゆる方法で伝道、う~む、我輩に活発の時には、車にエホバの商人」のステーッカーを張り大会に行ったものです。
監督は家から家の伝道で家に人にこれが最後の本ですといい押し売りを
実演して手本を見せてくれた懐かしい思い出、ある時は「物見の塔」ですと
家人に自己紹介すると、丁度選挙中だったんで、「ものみのとう」党は新しい、党ですか?と言われ、笑い。自己紹介にいつも、気を使ったものです。キリスト教です、なんて言うものなら、速断られるし、、
良く、頑張り、自分をほめてやりたい、せっかく、家人を研究が取り決まると、未熟な開拓者が行きぶち壊してくれる。こちらは、過敏性大腸炎にかかる。我が、JW生活は悩みの連続だった、それも、止めたくなった理由なんです。
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:09
通りすがりのものさま

そんなですか~
もはや投売り状態ですな~

昔は、再訪問の数や研究生の有無で、
開拓申し込んでもはじかれるとかざらでしたからね。

もう、制度自体最初からなければよかったんですけどね。
聖書的根拠ゼロだし。
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:12
ロッサさま

>私は最後まで古い人間でいれなかったかもです。どんどん生ぬるくなっていったかもです。

それでいいんですよ。
そういうことなんです。できっこないんです。

武士のようなJWを全肯定したわけではなく、彼らのあの時代の流した汗、血、涙は、なんだったのかと。
今はむしろ、組織からも仲間からも、前時代の負の遺産かのようにされて。
そういう翻弄された人たちへ、レクイエム(鎮魂歌)を、歌ってあげたいですね。
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:20
お~れりあさま

生活を翻弄された・・・

そうですね。

過ぎた時間は取り返しはつかないけれど、何かに頑張った期間というのは、自分の中で消化できていると、それはそれで懐かしい思い出にできたりする側面もあるのかもしれません。

だから、彼ら彼女らの苦労は無駄ではなかったと言ってあげたいです。
そのためのレクイエムです。

苦労なさった方たちが、みんな、そんな悟りの!?境地に至れるように願ってやみません。
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:21
墓場マ」さま

>隣の会衆でも言われた。資格とは、いったい何ですか

JWの言う「資格」とは、
JWの四角い枠の中に収まっていることです。


我ながら名言!?w

てか、ただのオヤジギャグやん!
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:23
りほさん

>自分はそんなに熱心になれないし清く正しくなんて生きていけないです。

それでいんですよ。

自分にはそれができない、
と認識して謙虚になることだけで、
それでいいんだと思います。

りほさんは偉いね。
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:24
名もなきクリスチャンさま

名前からして、哀愁を誘います。(T_T)

今は忘れられゆく戦士でいらっしゃったあなたにも、
花を手向けたいと思います。
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:44
もにょみにょとぅさま

イタイ人ですな~

おっしゃるとおり、彼らに報いるどころか、切り捨て続けた組織が今後どうなるのか、目に見えていますね。

本当に信仰に生き、組織の中であれど愛であろうとした戦士達は、彼らの望む楽園に入ってほしいと思いますね。

で、
ほんと、
教義に裏付けゼロだよね。wwwww
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:46
なのなのさま

おっしゃるとおりです。

甘くてもいいんですよ。
他人にも甘ければ。w

でも、
口先ばっかで、愛とか平和とか言いながら、
自分に甘く他人を裁く人間にはなりたくないですね。
反面教師でたくさん見させていただきましたから、
これからの人生に生かさないとですね。
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:48
あららさま

そんなに。。。こちらこそありがとうございます。

地域のために家族のために生きてらっしゃるあららさんの記事も、本当に魂にじんわりとひびく言霊が込められています。

組織に切り捨てられた戦士達に、
黙祷。。。

ってな気分です。
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:50
PWさま

>比較的短期間で退化が進んでいますよね。

本当にそうですね。
個人的には、ここ2年ぐらいがキーになると思ってます。

>JWがJWだった時代にいた私たちに乾杯。

乾杯~♪

ほんと、お疲れ様でした。
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:52
テキトーさま

>わたしのあまり尖っていなかった牙も虫歯で抜け落ちました。

それでいいんですよ。www

本当に、それでいいと思います。

無理なんですから。

ただ、それをやろうと本気で思った世代を、組織や成員が切り捨てていることに、非常に哀愁を感じるわけです。
「シルミド」みたいなもんでしょうか。違う!?
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:54
ありんこさま

>ご自分には厳しく、でも他の証人には心底やさしい方でした。
>今でもその方のことを思うと、温かい気持ちになれます。

本当に、そう思います。
一握りですが、そういう人を思い浮かべると、温かい気持ちになると同時に、哀しい気持ちになります。

カトリックにも、仏教にも、人のために自分を投げ打つ人がいて、宗教を超えてそういう生き様には感動を感じますが、JWの中にももちろんそういう人もいて、そういう彼らを切り捨てる組織には、本当に嫌な気分がしますね。
Commented by what-tower at 2009-02-22 14:58
名無し☆さま

非常に逞しい!?奉仕の経験をありがとうございます。

あなたのような人の愛は本物だと信じます。

組織には切り捨てられても、
その頑張りは無駄ではないですよね。

パートナーのこと本当に気になりますね。
いつか、本当に気付いて下さると良いですね。
Commented by what-tower at 2009-02-22 15:00
なのなのさま

横から失礼します。

>世の人とかれらが呼んでいる人のなかにはすぐ何人かの顔が浮かぶというのに。。。

ははは。本当にそうですね。
しかも、彼等は損得抜きでやってくれたりします。

JWの中は、基本的に損得勘定ですからね~。
一部、そうでない人もいますが。
一部です。

それで真の組織という看板を掲げています。
おかしくて笑えます。
Commented by what-tower at 2009-02-22 15:03
ロンちゃんさま

>どの宗教も「完全」ではない中で、信仰の深い方の態度や生き様には圧倒されるものがあります。

本当に、そう思います。

JWは口先ばかりになってしまいましたね。

奉仕もゆるく、それでいて、人を本当に助けようとしている人を、虚しい人間の努力と言って。

もはや、利己心の塊としか思えません。

そういう人たちの中で、真に愛であろうとした過去のJWたちが肩身の狭い思いをしているのは、見るに耐えないですね。
Commented by what-tower at 2009-02-22 15:07
ななし。さま

>でも、その中にほんの一握り、自分自身には厳しいけど、人には自分のやり方を押し付けない、愛情を持って接する、というステキなJWたちがいました。

いましたね。
そんな人たちへの、レクイエム(鎮魂歌)です。

>ふたむかしまえの尊敬すべき友人たちのようでありたいと思いますが。
>今のJW的には、許されないことなんですよね・・・。切ないです。

そうですね。。。切ないですね。

本当に、温かい人でありたいと願いながら、そこに様々な条件が課されていくことに、真に愛であろうと思う人は次第に窮屈さを感じ、自分を押し殺すか、組織の外に出るか、していく場合が多いですが、あの組織の中でも、身の丈で愛であろうとし続ける人を、尊敬しています。
Commented by Millinda at 2009-02-28 08:19 x
しばらくJW関係ブログを開けなかったので(自分のでさえ。爆)
今頃この記事読んで、私も泣けました。
今頃コメント欄にかきこんでごめんなさい。

私が知ってるのは、10年前の日本のJWたちだけだし、本当に尊敬できる兄弟姉妹がたくさんおられて、
今でも、10年以上お会いしていない皆さんはどうしているだろう・・と思うと本当にせつないです。

「自分を押し殺していた」タイプの私は、本当の心の奥底の声に気づき、脱会できましたが
大きなブレイクスルーとなるきっかけが必要だったので、必要な方にはそのようなきっかけが与えられますように、と祈る気持ちもある一方
今に至るまでの心痛やストレスを思うと、もしかして幻想でも最後までその中にいたい人もいるのかも・・とも思います。

レクイエム(鎮魂歌)、ということばの意味が心に染みます。

Commented by what-tower at 2009-03-10 00:39
Millindaさま

>本当の心の奥底の声

ここがネックなんですよね。
ここの認識が浅はかなJW教義は、心は不実だ、の一言で、その人の本質を押しつぶそうとします。

このことは、しっかり記事にしたいテーマです。
Commented by choir at 2009-03-25 12:35 x
自分は2世で十年ほど前にフェードアウトしましたが、
今はそんなに変質してしまっているのですか…
札幌の某会衆に居た頃は自分に厳しく他人に甘い…というか優しい人を
多く見かけたものです。

今は休日とかに訪問受ける側ですが、
訓練されていないというか画一的というかそんな印象。
初めて訪問受ける人と、神権宣教学校で訓練受けてた人に
まったく同じ内容で話をするとか無いでしょうに…

今は神権宣教学校機能してないのかな?
それとも、そのへんすっ飛ばして奉仕活動が普通になってるの?
Commented by what-tower at 2009-03-28 21:20
choirさま

本当に、変質していると思います。というか、みんな疲れている。

本当に、人を助けようとか、これが真理だとかそういう燃えるような感情は、ほとんどの人が失っていると思いますね。

>今は神権宣教学校機能してないのかな?
>それとも、そのへんすっ飛ばして奉仕活動が普通になってるの?

神権学校すら、形式的ですよね。
他のプログラムもみんなそう。

公開講演は、おじさんたちどんどん下手になっていきますもん。
初めての話のほうが良かったんじゃなかろうかと思います。

確実に、組織として衰退期にあります。
by what-tower | 2009-02-14 23:52 | コラムなど | Comments(39)