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エホバの証人(現役→自然消滅?)ですが、何か!?


by what-tower

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「Seventh Heaven」

ご無沙汰です。
今年も宜しくお願い致します。

「Perfume」の年越しライヴで新年を迎えました、
と~っても霊的なWhat-Towerです。

リキッド・ルームの石野卓球のカウントダウンパーティーも捨てがたかったけど、
友人が勝手にチケットを手配してくれたのでZeppTokyoに行きました。

のっちカワユス(^ω^)カワユスなぁ~

で、ライヴのトリの曲は、
「Perfume」の曲の中で個人的に2番目に好きな、
「Seventh Heaven」だったんですが、
これは日本語直訳で「第七の天」の意。
(分かるって?)

英語に詳しい人に聞いたところ、
「Seventh Heaven」という言葉は、
最高な状態を表す慣用句として普通に使うそうです。

エホバの証人にはあまり馴染みのない言葉ですが、
実はこれユダヤ教、キリスト教(聖書)用語なんですって。


古代ユダヤ人は、
天界の構造は7層になっていると考えていたようです。

偽典「エノク書」にはその天界7層が順番に出てきます。
(偽典とはいえ「エノク書」は「ユダ書」でも引用されていて、
 1世紀のユダヤ人の間では広く読まれていたようです。)

そして第7層(Seventh Heaven)は、
神の御座がある荘厳な場所として描写されています。


ここまできて、
え~?じゃぁ聖書(聖典)用語じゃないじゃん!?
って思ったかもしれませんね。

確かに「Seventh Heaven」は聖書に直接出てきませんが、
「Third Heaven」(第三の天)は出てきます。

しかもそこは「パラダイス」だと言われています。


わたしは誇らねばなりません。なるほどそれは有益なことではありません。
しかしわたしは,主の超自然の幻と啓示のことに移ります。わたしはキリス
トと結ばれたひとりの人を知っています。その人は十四年前に―それが体
においてであったかどうかわたしは知りません。体を出てであったかどうか
も知りません。神が知っておられます―そのような者として第三の天
連れ去られました。そうです,わたしはそのような人を知っています―それ
が体においてであったか体を離れてであったか,わたしは知りません。
神が知っておられます― その人はパラダイスに連れ去られ,人が話
すことを許されず,口に出すことのできない言葉を聞いたのです。

(コリントⅡ12:1-4)


先出の「エノク書」では、
第三の天は素晴らしいパラダイスがあると描写されています。


また「パウロの黙示録」(偽典)では、
第三の天をパラダイスと紹介しています。

パウロが黄金の門を入ると、
顔が太陽のように輝いているひとりの老人が迎えにきた。
み使いはパウロに、
“この老人は正義の書記エノクだ”と紹介。

少し後に書かれた偽典とはいえ、
この記述は明らかにコリントⅡ12章を元に書かれているし、
(なんていうか、今で言うアニメやなんかの同人誌みたいなノリですけど)
人々の思想を考える上では外典・偽典研究も外せないと思います。


でも、ものみの塔も黙ってはいません。

この「第三の天」は、
一般に言われる7層の天界の概念とは無関係であり、
“3”という数字は完全数であり強調を表すのだから、
それは最高にすばらしいところだったという意味で、
「第三の天」に行ったと言っているのだ、
というなんともよくわからない説明をしています。


それが地球の大気のある大空の中の天なのか,宇宙空間の天なのか,
霊的な天なのか,それとも何かほかのものに言及しているのかを見定め
るには,文脈に頼らなければなりません。ですから,「第三の天」に言及し
ている箇所は,この幻を与えられた時の最高度の歓喜を示唆している
ようです。

(「洞察」ⅡP293)


「ようです」って、憶測っすか!?

旧約時代の義人は天国へ行くのではなく、
“地上”のパラダイスで永遠に生きるという教義ですから、
ここはなんとしても“象徴的な意味”にしないとマズい訳です。


皆さんはどう結論を出しますか?


当時のユダヤ人社会またクリスチャンの間で、
「エノク書」などの今の聖書に含まれないものが広く読まれていたこと、
7階層の天界の話が人々の間で普通に受け入れられた概念だったこと、
そういうことを考えながら素直に聖書と向き合うなら、
パウロが「第三の天」である「パラダイス」へ行き、
そのことを誇りに思うと人々に書き送ったこの記述を、
1世紀の読み手がどう解釈したかは明らかではないでしょうか。


またヘブライの中で、
エノクが「死んだ」のでも「消された」のでもなく、
「移された」と書かれていることも、
「第三の天」のことを考えると素直に理解できるように思います。



ものみの塔ばかり読んでいると、
けっこう現実主義的になるような気がしますが、
聖書の記述はものすごく神秘的なものが多いと感じます。

ボクは聖書のそういう神秘的な部分が好きです。

「自分の解釈で読むと背教なんじゃないか」なんてビクビクせずに、
素直に聖書に向き合ってみるとすごく新鮮な発見があります。


出だしとは裏腹にけっこうマジな記事になりましたが、
異論反論、賛同などなどご意見をお待ちしています。


[参考文献:「天使」 真野隆也 著]
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by what-tower | 2008-01-19 11:10 | JW教義その他 | Comments(24)