エホバの証人(現役→自然消滅?)ですが、何か!?


by what-tower

われわれはどこから来てどこへ行くのか①

「わたしは,自分がどこから来たか,
そしてどこへ行こうとしているかを知っているからです。」


                     ―ヨハネ8:14[新世界訳聖書]



自分なりに色々な探求をし続けて出会った出来事を、
「われわれはどこから来てどこへ行くのか。」シリーズとして、
ぼちぼち書いていこうと思います。


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その日は、すごく暑かった。

自分は高円寺のとある建物の涼しい部屋の中で、
ヒプノセラピーを受けるためにセラピストと話をしている。

JWだったことによって、
自分でも気付かないトラウマみたいなものがあるのかどうか、
もしあるとしたら何が出てくるだろうと、興味本位だった。


1時間ほど色々なことを話し、

“そう大きなものはないかもしれなせんが、
 一応、インナーチャイルド・プログラムをやってみましょう。”


ということになった。


深々とソファーに身を預ける。

部屋の中はダウンライトの明りだけになった。

横にはセラピストがいて、
目を閉じたボクに声をかけている。

誘導されながらイメージをしていく。

心象世界の自分は、
暖かい自然のエネルギーが満ちた場所に立った。

“向こうから子供の頃のあなたがやってきます。”

(心の中で)目を上げると、
向こうから、小さな小さな自分がヨタヨタとやってきた。

※「エヴァンゲリオン」というアニメ作品の中で、
 主人公の碇シンジが他の年齢の自分と話をする、
 心象世界の描写がありますが、まさにあんな感じです。

 あれはただの表現としての描写というのではなくて、
 こういうセラピーを受けた時に実際に見るビジョンを
 元にしているんだろうなと思いました。


“何歳ですか?”

「3歳です。」

サスペンダー付きのデニムを着ていた。

“どんな表情をしていますか?”

「・・・無表情です。」

“何か心配なことはないか聞いてみて下さい。”

しゃがみこんで3歳の自分に聞いてみた。
答えが返ってきた。

『パパは仕事で帰ってくるのが遅いんだ。
男はボクだけだから、ママやおうちはボクが守らなきゃいけない。』


 ※後で母に確認してみたところ、
 確かに3歳頃にサスペンダー付デニムを着せていたという。
 (写真は残っていない。)
 また、当時はいつも父の帰宅が午前様だったため、
 『ボクが見てくる!』と言って、家中の戸締りを確認してまわっていたそうだ。


“大人になった自分は、3歳の自分にどんな言葉をかけてあげたいですか。”

「・・・お前もまだ小さな子供なんだから、無理して頑張るなよ。
まだまだ甘えてもいいんだぞって、言いたいです。」


“ではそれを3歳の自分に言ってあげて下さい。
 そして、抱き締めてあげたりしましょうか。”


「甘えてもいいんだよ。」といって抱き締めてあげると、
3歳の自分は、しゃっくりあげながら泣き出した。

気付くと、自分も泣いていた。

セラピストがティッシュで涙を拭ってくれた。

3歳の自分が泣き止んだので、
イメージの世界の素晴らしい自然の中を、
手を繋いでしばし散歩をした。


3歳の自分の気持ちが穏やかになると、
再びセッションが始まった。

今度は、13歳の自分が出てきた。

13歳。
JWのバプテスマを受けた年だ。

“表情はどうですか。”

「あんまり表情はないです。」

“何か気になっていることはありますか、聞いてみて下さい。”

セラピストに言われた通り、
心の中で13歳の自分に尋ねてみる。

『本当はもっとやりたいことがあるんだ。
でも、親や周り(会衆)の人に受け入れられるためには、
模範的でなくちゃいけないし。。。』


この頃の自分は、
JW内でみんなから、
「神童」的な扱いを受けていた時だ。

両親共にJWで、
父親は主催監督。
母親は熱心な開拓者。

個人の聖書通読は毎日欠かさず、
集会のない日は欠かさず夕方の奉仕に出た。
インタビューや実演がいつもまわってきていた。

でも本当の心の中は・・・。

“どんなことを”やりたいのか聞いてみて下さい。”

「やりたいことって、何?」

13歳の自分はしばらく黙っていた。

“今はまだ、特にみつからないかな。これからかな。”

13歳の自分はためらいがちに、

『自転車に乗って遠くに出かけたりとか・・・したい。』

と、ボソッと言った。
思わず笑ってしまった。

そうそう!
13歳でやりたいことっていったら、
これくらいのことだよね。

でもそれが、
すごく大切なことだったりする。

そういえば、
じいちゃんにマウンテンバイクを買ってもらったのが、
12歳の時だった。すごく嬉しかった。

でもその自転車で遠くまで遊びに行った記憶は、
ない。

“大人になった自分は13歳の自分にどんなことを言ってあげたいですか。”

「好きなこと、すればいじゃん。
やりたいこと、やりなよ。
自転車で、どこでも好きな所に行こうよ。」


そう、声をかけてあげた。

“13歳の自分は、どんな表情ですか。”

「笑顔です。笑顔になりました。」

出てきたインナーチャイルドは、
それで全部だった。

“では、大人になったあなたと、3歳のあなた、13歳のあなた、
3人で手を繋いで輪になって、太陽の光をいっぱい浴びましょうか。”


イメージの世界の、
キラキラ輝く太陽の下で、
ボクらはたっぷりと光を浴びた。



セッションが終わり、
何だか分からないけれども、
心がすっきりした気がした。

そのままソファーに埋もれたまま、
しばらくゆっくりとセッションのことを反芻する。

まるで映画の表現手法のように、
脳裏に子供の頃の自分が出てきて、
しかも対話までしてしまった。

“妄想”といえばそれまでだけれど、
果たしてただの“妄想”で心が軽くなったり、
涙したり、爽やかになったりすもんだろうか。
非常に不思議な体験だった。

セラピストがお茶を出しながら、
“どうでしたか?”と聞いてきた。

予定していた時間はまだ残っていた。


“もう少し、昔のことを見てみますか?”


ただの興味本位だったものが、
自分の人生観を180度変えるものが出てくるとは、
その時の自分は思いもしなかった。


[続く]

※ヒプノセラピーには個人差があり、
 ビジョンとして見える人だけではなく、
 臭いや音、その他の五感のどれか又は複数で現れる人など、
 感じ方は人それぞれです。
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by what-tower | 2009-06-16 22:22 | われわれはどこから来たのか。