エホバの証人(現役→自然消滅?)ですが、何か!?


by what-tower

聖書の中の“偽名文書”①

エホバの証人の教義にとって大切なものの多くが、
“パウロ”が個人宛に書いたという、
「テモテへの手紙第Ⅰ・Ⅱ」
「テトスへの手紙」
にあります。


・異なる教えや偽教師(背教者)を避けるように。
・監督や奉仕の僕の資格や任命基準。
・女性は黙っていて模範的であるように。
・終わりの日には対処しにくい危機の時代が来る。

 などなど。

エホバの証人の大好きな聖句ばかりです。


ですが上記の書は、

パウロの名前を借りて書かれた、
ただの偽名文書です。



パウロはとても独創的で、
素晴らしい教え手であったにも関わらず、
戒律主義的で「業ありき」な偽名文書のおかげで、
すごく狭量な人物のイメージが付いてしまっています。
そう思うと、パウロがかわいそうにもなります。

「テモテへの手紙第Ⅰ・Ⅱ」「テトスへの手紙」は、
パウロの著作という体裁をとってはいますが、実際には、
パウロの死後に別の人物が書いた偽名文書と言われています。
ちゃんとした聖書学者たちのほとんどが、
根拠を元にそのことを理解しています。

ちなみに聖書全体の本や洞察には、
どう考えてもそりゃ思い込みでしょ!?
という“言い訳にもならない言い訳”しかありません。

(コメント欄に出版物を引用した反論を書いて下さっても
 一向に構いませんが、あんまり意味ないと思います。)


最終的には、
「直接書いているところを見た訳じゃないじゃん?」
と言われればそれはそれまでなのですが、
逆も然りってところでしょうか。

今回はその根拠のいくつかを、
自分が理解できている範囲ですが、
稚拙ながら解説させていただきます。

長くて小難しい内容になりますので分割記事にします。
興味のある方はお付き合い下さいませ。



まずは前提知識として、

「テモテへの手紙第Ⅰ・Ⅱ」
「テトスへの手紙」は、

聖書学では「牧会書簡」と呼ばれています。

どのように会衆を治めるべきかという、
牧会・牧羊的な内容がメインであることから、
この呼び方がされています。

対して「フィリピ」「コリント」などの書は、
実際にパウロが書いたものと広く認められている故に、
「真正パウロ書簡」と呼ばれることがあります。

細かい分析に入る前に、
幾人かの神学・聖書学者の、
「牧会書簡」への評価を挙げます。


(牧会書簡は)パウロの手紙と比較する限り、
内容的に全てが希薄になり、パウロと比べて力強さが後退し、
もはやパウロのように創造的で、先導的な力を持ってはいない、
ということしか確認できない。
 ースイスの新約学者 E.シュヴァイツァー
 (『新約聖書への神学的入門』P197、日本基督教団出版局)


牧会の手紙の著者は教えを展開するところまでいっていない……。
パウロの傾向の発展的形成は何も認められない。
その上、時には著者が自分の定式を本当に理解していたのかどうか
疑わざるをえないこともある。
 ーW.マルクスセン(『新約聖書緒論』P370、教文館)


要するに、牧会書簡には独自の神学はなく、
パウロ神学を軸として、他人の神学がそのつどいろいろな形で
調達されているのである。思想にあまり重きをおかないことが
著者の思想であると言ってもよいであろう。
 ー北海道大学名誉教授 土屋博氏の言葉


(牧会書簡の)著者の視点は男性中心主義であり、
愚の骨頂とも言えるほどに父権制的である。まさに、
この視点こそが著者の弱点である。
 ーL.マローニ(『聖典の探求へーフェミニスト聖書注解』P280)


そこまで言わなくても…と思うほど、
牧会書簡は四方八方から攻撃を受けてばかりです。
やはり偽名文書ということからなのか、
他でも冷たい扱いが目立ちます。


ではどうして、
「テモテへの手紙第Ⅰ・Ⅱ」
「テトスへの手紙」が、
パウロの名を借りた“偽名文書”と、
広く認知されているのでしょうか。
その一部を考察してみましょう。


①歴史的状況の不一致

牧会書簡が描く歴史的状況は、
「使徒たちの活動」の書や、
他のパウロ書簡と一致しません。

たとえばその一部を挙げるなら、

パウロは、テモテをマケドニアに派遣して、
自分自身はエフェソス(アジア地区)に留まります。(使徒19:22)

またその後に出発する時には、
テモテを同伴しています。(使徒20:4)

しかし、テモテ第一の中では、
エフェソスに留まったのはテモテの方で、
パウロ自身がマケドニアに出発し、
まもなくエフェソスに帰りたいと考えている、
ということになっています。(テモ一1:3、3:14、4:13)

また使徒21:29では、
トロフィモがパウロに同行してエルサレムに行っていますが、
テモ二4:20では、トロフィモは病気なのでミレトスに置いてきた、
という設定になっています。

また、テトス書が前提としている、
パウロのクレタ伝道(1:15)やニコポリス滞在(3:12)は、
使徒たちの活動や他の真正パウロ書簡のどこにも、
時期は同じなのですが、全く言及がありません。


②会衆の制度の不一致

使徒たちの活動の書や他の真正パウロ書簡には、
「強力な業」「いやしの賜物」「種々の異言」(コリント一12:27)
などのカリスマ的な務めを担う人が必ず登場します。

しかし牧会書簡には、
(同時期の設定なのに)
そういう人たちは全く登場しません。

代わりに、

「監督」(テモ一3:1-7、テトス1:7)
「長老」(テモ一4:14、5:17-20、テトス1:5)
「奉仕の僕」(テモ一3:8-13)

という、
他の真正パウロ書簡ではほとんど例のない、
JW内でおなじみの“肩書き”が頻繁に登場します。

(先出のコリント一12:27の中でも、
 「会衆内に神が置かれた人」の説明の中に、
 上記の3役職は全くスルーされています。)


③言葉遣いの違い

牧会書簡の中には、西暦90年より前には、
他では用例が見出されない語がいくつも出てきます。
(つまりそれ以降に書かれたものだということです。)

それは一般文献はおろか、他の新約聖書の中にも、
セプトゥアギンタ訳(旧約聖書のギリシャ語版)の中にも、
西暦90年より前に他で全く用例のない語です。

[例]
「アネパイスキュントス」(恥ずべきところのない) テモ二2:15
「アンティリュトロン」(あがない) テモ一2:6
「ガングライナ」(脱疽) テモテ二2:17

 などなど。


またパウロが何度も何度も好んで用いた、

「エレウテリア」(自由)
「スタウロス」(杭または十字架)
「ソーマ」(からだ)

などの言葉は牧会書簡には出てきません。

それに対して牧会書簡には、

「ディダスカリア」(教え)
「エウセベイア」(敬虔さ)
「ミュトス」(作り話)
「パラテーケー」(ゆだねられたもの)

のような、
パウロが大切にしていたものと相反するような用語が、
沢山出てきて、重要な役割を果たしています。


④パウロの教えとの食い違い

ただ言葉が違うというだけでなく、
パウロが教えたことの重要な部分が登場しない、
というのも牧会書簡の特徴です。

「自由」や「杭(十字架)」、
「神の子」、「キリストのからだ」などは全く登場しません。

パウロにとって中心主題だった、
律法の行いと信仰による救いの強烈なほどの対比が、
牧会書簡には欠けています。
(例:使徒26:6、7 ほか)

また、パウロから教えられた内容を、
守ることこそが「信仰」なのだという考え方は、
(例:テモ一4:6、6:20ー21、テモ二1:13ー14 ほか)
とてもパウロの言葉とは思えません。

異なる教えに対して、
内容に踏み込んだ反駁を試みるのではなく、
ただ、関わり合いを避けるように命じるというのも、
(例:テモ一4:7、6:20 ほか)
いつでも熱心に突っ込んで議論していた、
パウロらしくない発言です。


【誰が、いつ、なんのために牧会書簡を書いたのか】


成立年代は西暦90年以降~130年の間と言われています。

パウロに関する伝承をよく知っていた人物が書いたと思われます。

受取人が会衆宛ではなく、テモテやテトス個人宛であることは、
偽作であることがバレないための工夫だったのでしょう。

会衆宛であるなら、朗読されるなどしていたでしょうから、
多くの人が知っていないのは不自然です。

個人宛ならば、彼らの死後に、
こんな手紙があったよ、と出てきたとして、
その真偽を本人たちに確認することは不可能です。

偽作を作るにあたって、受取人の設定は、
パウロが後の会衆にとって重要なことをこっそり伝えて
おかしくない人物である必要があります。

テモテやテトスは、まさに適任です。


牧会書簡のテーマは、
「異なる教え」との戦いといえます。

牧会書簡の著者は、
自分の思うパウロ的な教えと違うことを言う人たちを、
なんとか沈黙させるためにパウロの名前を借りたのかもしれません。

そのため、テモテとテトスが、「教師」「使徒」であるパウロと、
いかに密接に結びついているかということをまず描き出し、
パウロから正しい姿勢を受け継いだ彼らが模範となるように、
模範的とはどういうことか、説明がされています。

また牧会書簡では「ゆだねられたもの」
(承継)がテーマともなっています。

正統な教えは「承継」されたものなので、
何が正しいか議論することは無駄になります。

なので異なる教えに対して反駁するよりも、
「ゆだねられたもの」を守ることに重きが置かれます。


牧会書簡の著者は、
自分がパウロが伝えてくれたと信じる教えを守るべく、
この書簡を書こうとしたのかもしれません。

牧会書簡の中には、
パウロのように表現力豊かな語り口や、
天才的で独自性溢れる信仰論は全く出てきません。

しかし、1世紀後半~2世紀にかけて、
初期キリスト教会の中でどんな問題があったのか、
時代的な背景を探る上で牧会書簡は貴重な資料です。


現代でもこの書は非常に面白いテーマをくれます。

一般教会の中で、
牧会書簡に重きを置いた教えをする教会は、
私の知る限りでは少ないように感じます。

それに対して、
エホバの証人や福音派の教義形成において、
「テモテ」「テトス」書は非常に多く用いられ、
重要な位置を占めています。

そのことは、その宗教組織が、
何に重点を置いて運営されているのか、
浮き彫りにしているように感じるのは、
私だけでしょうか。


ずいぶんといろんなことを端折って書きましたので、
必要なことがうまく伝わったかなぁ(汗)という感じです。

反論・質問等もありましたらコメント下さいませ。
分かる範囲でお答えできるよう努力致します。

(偽文書の研究は広範に渡っていますので、素人レベルの、
 ボクの浅はかな理解が全てと思わないでいただきたいと思います。
 また疑似パウロ文書と呼ばれる物はほかにもありますが、
 今回はJWの教義に特に深い陰を落としている牧会書簡のみ触れました。
 興味をお持ちになった方は文献等調べてみて下さい。)


[参考文献]
『新版 総説新約聖書』 (日本基督教団出版局)
『日本聖書教会聖書セミナー講義録1』 (クリスチャンセンター神戸バイブルハウス)
『牧会書簡』 土屋博 著 (日本基督教団出版局)
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by what-tower | 2009-06-21 22:18 | JW教義その他